棒の手について

( ぼう ) ( ) ってなに?

簡単( かんたん ) ( ) うと、チャンバラごっこです。チャンバラといっても自由( じゆう ) にたたきあっこするわけではありません。ちゃんと順番( じゅんばん ) ( ) まっていて、( ) ( ほう ) ( ) まっているのです。
「やあ」「ほー」などというかけ( こえ ) があり、木刀( ぼくとう ) ( ぼう ) ( ) まった( かた ) を行います。

どこでやっているの?

愛知県( あいちけん ) 東尾張地区( ひがしおわりちく ) 西三河地区( にしみかわちく ) 中心( ちゅうしん ) に行われています。
各地区( かくちく ) では、愛知県( あいちけん ) 無形文化財( むけいぶんかざい ) 指定( してい ) されているところが( おお ) くあります。
( した ) 地図( ちず ) は、愛知県( あいちけん ) のどこで( ぼう ) ( ) ( つた ) わるかを( あらわ ) 地図( ちず ) です。
みよし( ) 以外( いがい ) ( ぼう ) ( ) ( つた ) わる地域( ちいき ) 赤色( あかいろ ) 地域( ちいき ) です。
みなさんの( ) むみよし( ) 青色( あおいろ ) 場所( ばしょ ) です。
みよし( ) 左隣( ひだりとなり ) にある日進市( にっしんし ) から( ぼう ) ( ) ( つた ) わったと(かんが)えられている(こと)がわかると(おも)います。

棒の手が伝わる地域地図

いつごろからやっているの?

( いま ) から( やく ) 450( ねん ) ほど( まえ ) ( いま ) 日進市( にっしんし ) (岩崎城( いわさきじょう ) )の城主( じょうしゅ ) 丹羽勘介氏次( にわけかんすけうじつぐ ) という殿様( とのさま ) 領地( りょうち ) 農民( のうみん ) 武芸( ぶげい ) ( おし ) えたのが( はじ ) まりだと( ) われています。
ですから、はじめは( いま ) のような ( かた ) ではなかったのかもしれません。祭礼( さいれい ) 奉納( ほうのう ) されるようになってから、( かたち ) としての 武芸( ぶげい ) になっていったのでしょう。

()( よし ) (ぼう)()()(ぞん)(かい)ってなにやってるの?

三好棒( みよしぼう ) 手保存会( てほぞんかい ) では、( ぼう ) ( ) 文化( ぶんか ) ( おお ) くの( ひと ) ( つた ) え、( のこ ) 活動( かつどう ) をしています。
( だれ ) かが( つづ ) けてゆき、( つた ) え、( のこ ) ( こと ) はとても大切( たいせつ ) ( こと ) です。

どこで(かつ)(どう)しているの?

愛知県( あいちけん ) みよし( ) のきたよし地区( ちく ) (みよし( ) 莇生( あざぶ ) 高嶺( たかね ) より( きた ) )を中心( ちゅうしん ) (かつ)(どう)しています。

( した ) 地図( ちず ) 赤色( あかいろ ) 地域( ちいき ) 中心( ちゅうしん ) 活動( かつどう ) しています。

( ほか ) 地域( ちいき ) との交流( こうりゅう ) のために赤色以外( あかいろいがい ) 場所( ばしょ ) や、市外( しがい ) でも活動( かつどう ) しています。

活動内容( かつどうないよう ) はお( まつ ) りで奉納(発表)( ほうのう(はっぴょう) ) する( こと ) 目的( もくてき ) に、夏休( なつやす ) みに入った7( がつ ) から10( がつ ) まで、( しゅう ) に1、2( かい ) 練習( れんしゅう ) をしています。

()()

(かつ)(どう)(ない)(よう)(( れい ) )

7( がつ ) 下旬( げじゅん )

  • 練習開始( れんしゅうかいし )

  • 地区( ちく ) 夏祭( なつまつ ) りでの出演( しゅつえん ) 発表( はっぴょう )

8( がつ )

  • 三好大提灯祭( みよしおおじょうちんまつ ) り(三好稲荷閣( みよしいなりかく )

9( がつ )

  • 郷土芸能伝承活動発表会( きょうどげいのうでんしょうかつどうはっぴょうかい ) (サンアート)

10( がつ )

  • 祭礼( さいれい )

    • 黒笹神社( くろざさじんじゃ )

    • 莇生神社( あざぶじんじゃ )

    • 福谷神社( うきがいじんじゃ )

    • 高嶺神社( たかねじんじゃ )

  • 活動終了( かつどうしゅうりょう )

三好棒( みよしぼう ) 手保存会( てほぞんかい ) 活動写真( かつどうしゃしん ) ( ) せているページがあります。( くわ ) しくはこちら

棒の手の歴史

事柄

1553年(天文22年)

丹羽氏清が猿投神社に馬の塔を奉納する。

1554年(天文23年)

本田遊無が見当流を編み出す。

1573年(天正元年)~1592年(天正19年)

起倒治郎左衛門が起倒流を創始する。

1574年(天正2年)

丹羽氏次が猿投祭りに棒の手を奉納する。(鎌田流の発祥)

1597年(慶長2年)

大覚院兼政が無二流と名付ける。

1684年(貞享元年)

伝昌院伝寿が東軍流を開く。

1714年(正徳4年)

八木弥市郎が直心我流を開く。

1766年(明和3年)

伊東九郎左衛門が藤牧検藤流を成立する。

1873年(明治6年)

献馬、馬の塔、棒の手禁止の県令がでる。(明治11年まで)

愛知の馬の塔と棒の手沿革誌より

※ここまでの棒の手の説明等については小学生の閲覧者にも対応出来る様に簡単に記述しています。
更に詳しい内容をお求めの方は図書館等にある郷土資料をご参考くださいませ。
また、展示として深堀されたい方は、豊田市の猿投棒の手ふれあい広場には充実した展示がございます。

棒の手の型

須藤菊右衛門氏が天保8年に伝授された目録は、下記の型が記されている。

中段

上段

居合

差合

小手砕

山太刀

一本橋

受込

小手返

笠棒

抜附

谷合

山落鎌

獅子潤入

切先返

引合

山越し

天狗谷越

柄手

一戸打

逆太刀

鶴の一足

四ト六

踏落し

弐刀風雲

摩利支天

吟詰め

弐人蹴返

芝めくり

生口

開込

虎乱水車

最近の目録は、次のようになっていて、多少異なっている。

中段

槍術

長刀

差合

小手砕

上段

初重

受込

小手返

下段

送身

谷合

山落鎌

中段

清眼

引合

山越

生眼

開込

一戸打

坂太刀

虎乱水車

踏落

吟詰

棒の手の動画・資料

現在、三好棒の手保存会で行っているもの。あるいは今後行うもの

槍術

長刀

差合

吟詰

手鎌槍

上段

一戸打

山落鎌

大見槍

切りつけ

芝めくり

本鎌

刀槍

送身(すりこみ)

両刀

なぐり鎌

眼つぶし

引合

長刀

二段切

他地区の流派や型

四郷の棒の手保存会が保存活動をする型のリンクを記載します。
四郷地区棒の手保存会の型に行く

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