簡単に言うと、チャンバラごっこです。チャンバラといっても自由にたたきあっこするわけではありません。ちゃんと順番が決まっていて、勝つ方も決まっているのです。
「やあ」「ほー」などというかけ声があり、木刀と棒で決まった型を行います。
愛知県の東尾張地区、西三河地区で中心に行われています。 各地区では、愛知県の無形文化財に指定されているところが多くあります。
今から約450年ほど前、今の日進市の城主、丹羽勘介氏次という殿様が領地の
農民に武芸を教えたのが始まりだと言われています。
ですから、はじめは今のような
型ではなかったのかもしれません。祭礼に奉納されるようになってから、形としての
武芸になっていったのでしょう。
三好棒の手保存会の活動をまとめた動画です。
一戸打ははじめに習う基本の型です。
なぐり鎌は荒々しい型で、練習を重ねないと怪我をする危険があります。その分、迫力がある演技です。
三好棒の手保存会ってなにやっているのか知らない方が多いと思います。
愛知県みよし市のきたよし地区(みよし市の莇生・高嶺より北)を中心に活動しています。
7月(下旬) | 8月 | 9月 | 10月 |
◎練習開始 ◎地区の夏祭りでの出演・発表 |
三好大提灯祭り(三好稲荷閣) | 郷土芸能伝承活動発表会(サンアート) | ◎祭礼 ・黒笹神社 ・莇生神社 ・福谷神社 ・高嶺神社 |
近年はこのような活動をしています。
7月下旬から活動が始まり、10月にある祭礼で神社に奉納をしたらその年の活動は終了です。
三好棒の手保存会の活動写真を載せているページがあります。詳しくはこちら
1553年(天文22年 | 丹羽氏清が猿投神社に馬の塔を奉納する。 |
1554年(天文23年) | 本田遊無が見当流を編み出す。 |
1573年(天正元年)~1592年(天正19年) | 起倒治郎左衛門が起倒流を創始する。 |
1574年(天正2年) | 丹羽氏次が猿投祭りに棒の手を奉納する。(鎌田流の発祥) |
1597年(慶長2年) | 大覚院兼政が無二流と名付ける。 |
1684年(貞享元年) | 伝昌院伝寿が東軍流を開く。 |
1714年(正徳4年) | 八木弥市郎が直心我流を開く。 |
1766年(明和3年) | 伊東九郎左衛門が藤牧検藤流を成立する。 |
1873年(明治6年) | 献馬、馬の塔、棒の手禁止の県令がでる。(明治11年まで) |
愛知の馬の塔と棒の手沿革誌より